超ポジティブな私でもうつ病になっちゃうんです

私は大学時代、ポジティブで折れない心があるということを周りから言われていました。

実際に、嫌なことを言われても

「まぁそういわれても仕方ないし、次気を付けよう」

くらいに思っていました。

 

それが崩壊して周りをも騒然とさせたのは、社会人2年目になってからでした。

私は大学を卒業後、教員の道に進んでいました。

1年目の職場を異動になり、新しい職場に行くと

そこでは希望していない通常学級の副担任と授業の担当がありました。

 

それ以上に上司が厳しかったのです。

ロッカー移動があり、自分の荷物がないので座って仕事をしていると

「なんで若いあなたが座っているの!ほかの人の移動を手伝わないの?!何をしているの!」

と怒鳴ってきました。

それを皮切りに、ちょっとしたことで突っかかってきて何かにつけて文句を言うようになりました。

 

でも、彼女が言っていることは決して間違っているわけではないのです。

それがかなり厄介でした。

 

「この人は国語の先生だけど、日本語を使うのがとても下手だからこんな言い方にしかならないんだ」

と思うことにしました。

言われたことを一回一回咀嚼して自分の中で消化しようとしていたのです。

 

しかし、それもすぐに疲れてしまってだんだんと職場に行くことが厄介になってきてしまいました。

朝起きるのがつらく、言葉の発しかたがわからず、何も言われていないのに涙が出そうになる…。

そんな日々に耐え切れず、一週間休職からの退職を決めました。

 

そこから心療内科に通う日々が続くわけですが、

退職したのが6月で、そこから少しずつ治る方向にもっていこうとしていました。

 

3月、新しい職場から電話があって4月からそこで務めることが決まりました。

半年以上ぶりの仕事でかなり緊張していましたが頑張ろうと思い、

前の職場で言われた「若い人が積極的に動く」を実行することで周りの方とも仲良くなり、

順調に仕事を進めていました。

 

しかし、2学期からペアを組んだ人がちょっとストレス源になる人でした。

私には雑用しか頼まず、何かやろうとすると「大丈夫私がやるから」、

何かうまくいっても自分の手柄にしてしまう、

保護者との関係を作らせてくれない…。

自分の存在意義って何なんだろうと思いはじめ、仕事がつらくなっていきました。

 

朝の出勤時間を遅らせたり、早退したり、学部体制にかなり迷惑をかけていました。

これ以上周りに「いついるのか、いついないのか」という心配をかけないためにも、休職を決めました。

 

心療内科で診断書をもらい、2か月の休職を命じられ、職場に提出し、休むことになりました。

2回目の休職は精神的にも辛かったです。

「自分のうつ病は治らないんだ」と実感した時でもありました。

 

2か月後、なるべくその先生とはかかわらないようにして過ごすようにしました。

その先生も3月で異動が確定しているので、数か月の辛抱と思って耐えていました。

私自身も3月以降の継続の話が来なかったため、転職して現在は教職を離れています。

 

今現在はうつ病の長期的な症状は出ていませんが、

時々ひどく憂鬱な気分になることがあり、処方されている頓服薬を飲むことがあります。

少しずつですがいい方向に向かってはいます。

しかし、2回目の休職から「うつ病に完治はない」ということを学びました。

完治はしないけれど、いい方向にはいくということを理解して、

うつ病と付き合っていこうと思っています。

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